ESSAY

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暮らしの中でふと出会う素敵なものやことは、
毎日を楽しく過ごすための大切なスパイス。
文筆家の甲斐みのりさんが、
自身の日常の中で見つけた「宝もの」について綴ります。

#001日々の宝もの

大阪でひとり暮らしをはじめたのは、20年ほど前の3月。
引っ越しの数日前、住み慣れた実家に、軽トラックが1台やってきた。
父が学生時代に使っていた古い勉強机と椅子、マットレスにふとん、
最低限の衣類と日用品と本を詰めた段ボール5~6箱、
10分も経たぬうちに荷積みは終わり、荷台にはまだ隙間があった。
家にあるのを持っていくより、田舎で適当に買ってしまうより、
これからひとつずつ自分で選んで、ゆっくり揃えていけばいい。
私が心で思っていたことを、先に口にしたのは母だった。
冷蔵庫・炊飯器・電子レンジ・ポット・テレビ・掃除機、
ガランとなんにもない部屋に、つるんと真新しい電化製品と、
静岡からの荷物を運び入れても、1部屋だけの小さな部屋は、
まだ“なんにもない”のとさほど変わりない風景のまま。
掃除も荷解きもたちまち済んで、手持ち無沙汰を埋めるべく、
散歩がてら近所のスーパーへ向かい、包丁とまな板を買った。
それから京都、東京と移り住み、いちばん最近の引っ越しでは、
3tトラック2台半分の荷物とともに、今の住まいへ移動。
自営業という職種柄、仕事に必要な備品や本が大半なものの、
年月の、連なりや重みや広がりを感じ入らずにはいられない。

形あるもの、人、風景、思い出、感情……。
かけがえのないものやことを、自分の内側から掘り起こす、
宝ものについて考えるワークショップを開催したときのこと。
参加者に「家(部屋)に10年前からあるものは?」と問いかけた。
ひと時代以上をともに過ごしているものはどんなものか。
自室の様子を思い出し、紙につらつら書き出してもらう。
「あるようで、ない」、ひとりの筆が止まる。
携帯電話も、パソコンも、テレビも、洋服も、毎日使うものほど、
4~5年で買い替えたり壊れたり、手放してしまうらしい。
「あると言えば、ありすぎる」、実家暮らしの人が照れた顔。
玄関の民芸品や暖簾、食器も鍋も台所にあるほとんどが20年選手。
使えるだけ使うのが一家でのあたりまえの習慣なのだそう。
私と同じ30歳代は、やっと価値観や好みが定まってきた頃で、
20代のときなにげなく買っていたさまざまを手放して、
ちょっといいものや、一生ものに買い替えたりする時期。
だから案外、10年以上をともに過ごすものは少ない。
それが父や母と同居となると、長く付き合うものも増す。
長年のお気に入りでわざわざ大事にしていたものも、
気がつけば何十年身近にあって使い続けているものも、
ひと時代よりさらに一緒というのは、実はなかなか貴重なこと。
全てひっくるめて宝ものに認定し、意識的に愛でてはどうか。
誰かが決めた価値に合わせずとも、
自分の身の回りにたくさんの、心を豊かにしてくれるものはある。
そんな提案を、ワークショップの参加者に伝えた。

かく言う私に、長い付き合いの宝ものはどれだけあるだろう。
20年前の3月に買った、包丁とまな板。
ひとり暮らしをはじめるとき、段ボールに詰めたものたち。
スヌーピーのバッグとヌイグルミ。幼少期から慣れ親しんだ絵本。
入学祝いの筆箱と、使い古した鉛筆。プリン用のカップ。
母からもらったブローチ。父のおみやげのおもちゃの指輪。
20年、30年、ともに時を重ねてきた、大事な大事な、宝もの。
さらに20年先にはもっと、宝もの持ちでいるかもしれない。

大阪でひとり暮らしをはじめた日から、20年間使い続けている包丁とまな板。
子どもの頃に愛用し、引っ越しを重ねても手放せずにいるお気に入り。
眠る前に父や母に読んでもらっていた絵本。開くと懐かしい匂いが漂う。
祖母に入学祝いにもらった筆箱とペンケース。30年前から時がとまったまま。

PROFILE

甲斐みのり

静岡生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業後、数年を京都で過ごし、現在は東京在住。旅、散歩、お菓子、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨と暮らしなど、女性の憧れを主なテーマに書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見し紹介をおこなう。まち歩きや手みやげ講座などカルチャースクールの講師もつとめる。『衣・食・住 暮らしの雑貨帖~ずっと愛したい、わたしのお気に入り~』(マイナビ)、『甘く、かわいく、おいしいお菓子』(主婦の友社)、『東海道新幹線各駅停車の旅』(ウェッジ)など20冊以上。
http://www.loule.net/